【2026年】最低賃金引上げがタクシー業界に与える影響(第4回)|最低賃金引上げにタクシー事業者はどう対応するか|人材確保・短時間勤務・車両稼働率の向上
【2026年】最低賃金引上げがタクシー業界に与える影響(第4回)|最低賃金引上げにタクシー事業者はどう対応するか|人材確保・短時間勤務・車両稼働率の向上
はじめに
本シリーズでは、最低賃金の継続的な引上げがタクシー事業に与える影響について検討してきました。
第1回では、タクシー事業は、他産業と比較しても売上高に占める人件費の割合が極めて高い労働集約型産業であること、認可運賃制度の下では最低賃金が上昇しても直ちに運賃へ転嫁できないことなど、タクシー事業特有の構造的な問題を説明しました。
第2回では、タクシー事業が最低賃金の引上げに対応するためには、単純なコスト削減だけでは限界があり、限られた労働時間から、より多くの運送収入を生み出すための取組を講ずることが必要であることを説明しました。
第3回では、改定後の最低賃金額と、将来的に全国加重平均1,500円となった場合について、複数の勤務モデルと歩合率を用いて、最低賃金を満たすために必要となる売上額を試算しました。
その結果、最低賃金の引上げは、タクシー事業の人件費負担だけでなく、ドライバーの労働時間、事業者の経営余力、さらには地域のタクシー供給力にも大きな影響を及ぼすことを示しました。
特に売上水準の低い地域では、事業者に残る収入を維持しようとすれば、最低賃金を満たすために労働時間を短縮せざるを得ません。一方、従来の労働時間を維持しようとすれば、最低賃金との差額を事業者が負担することとなり、経営余力が低下します。
また、特に地方部では、最低賃金の引上げによって事業者の経営負担が増す中で、住民の通院、買物、通学などに必要な地域交通をどのように維持するかという問題にも対応する必要があることを示しました。
今回は、最低賃金の引上げに対してタクシー事業者が取り得る対応策のうち、人材確保、短時間勤務者の活用、需要に応じた人員配置、車両稼働率の向上について考えます。
この記事の結論
最低賃金の継続的な引上げに対応するためには、DXによって労働時間当たりの売上を高めるだけでなく、人材の採用・定着によって稼働していない車両を動かし、車両稼働率を高める必要があります。
また、正社員だけでなく、女性、子育て・介護中の人、高齢者、副業・兼業人材などの短時間勤務者を組み合わせ、需要のある時間帯に必要な人員と車両を配置することが、今後の経営改善と地域の輸送力を維持する上で重要となります。
この記事で分かること
🚕最低賃金の引上げに対してタクシー事業者が取り得る対応
🚕人材確保が車両稼働率と事業収益の改善につながる理由
🚕正社員と短時間勤務者を組み合わせる必要性
🚕女性、高齢者、副業・兼業人材などを活用する際の考え方
🚕複数のドライバーで1台の車両を運用するために必要な仕組み
1.最低賃金への対応は、労働時間の短縮だけではない
最低賃金は、労働者の労働時間に対して支払わなければならない賃金の最低額です。
タクシードライバーの場合、乗客を輸送している時間だけでなく、客待ち、回送、点呼、車両の準備や清掃などの時間も労働時間に含まれます。乗客がいない時間であっても、使用者の指揮命令下にある労働時間については、最低賃金以上の賃金を支払わなければなりません。
最低賃金以上の賃金を支払うためには、労働時間に見合った売上を確保する必要があります。それが難しい場合には、運送収入につながらない労働時間を可能な限り削減することが必要となります。
しかし、単にドライバーの労働時間を短縮すればよいわけではありません。労働時間の短縮によって車両の稼働時間まで減少すれば、需要のある時間帯にもタクシーが不足し、地域の輸送力が低下する可能性があります。
必要なのは、限られた労働時間の中で売上を増やすことと、一人当たりの労働時間を過度に長くすることなく、車両全体の稼働時間を確保することです。
そのためには、
🚕DXによる需要把握と配車の効率化
🚕多様な人材の採用と定着
🚕正社員と短時間勤務者を組み合わせた人員構成
🚕副業・兼業人材の積極的な活用
🚕需要の波に応じた勤務時間と車両配置
などを一体的に進める必要があります。
2.DXによって労働時間当たりの売上を高める
DXによる生産性向上については、「最低賃金引上げに必要な生産性向上とは(第2回)」で詳しく説明しました。
タクシー事業における生産性向上とは、限られた労働時間の中で、より多くの運送収入を生み出すことです。そのためには、需要のある時間と場所に車両を配置し、空車時間や需要の取りこぼしを減らす必要があります。配車アプリ、需要予測、車両の運行データなどを活用し、経験や勘だけに依存しない営業を進めることは、最低賃金の引上げへの重要な対応策となります。
また、電話受付、配車、点呼、勤怠管理、売上管理などの業務を効率化し、運送収入に直接つながらない業務時間を削減することも必要です。
もっとも、DXだけですべての問題を解決できるわけではありません。地方部では配車アプリの利用者が少ない地域もあり、地域全体の移動需要が少ない場合には、効率化だけで必要な売上を確保することには限界があります。
さらに、需要が存在していても、その時間帯に車両を動かすドライバーがいなければ、売上にはつながりません。DXによる需要の把握と、人材確保による供給力の確保を一体的に進める必要があります。
3.人材確保は車両稼働率を高める経営改善策
タクシー事業における人材確保は、単にドライバー不足を補い、地域の輸送力を維持するためだけの取組ではありません。ドライバー不足によって稼働していない車両を動かし、車両稼働率と売上を高めるための重要な経営改善策でもあります。
タクシー事業は、1台のタクシーに1回につき原則として1組の乗客しか乗車させられないという性質上、1台当たりの売上額には一定の限界があります。加えて、人件費が売上高の6割以上を占めており、その他の必要経費も差し引くと、1台当たりの利益率は決して高いとはいえません。
このため、需要のある時間帯に車両を着実に稼働させ、一回一回の運送を積み重ねることによって、車両や営業所などの維持に必要な費用を回収していく必要があります。
また、車両については、稼働していなくても、車両の取得・リース費用、保険料、営業所や車庫の維持費、配車設備やシステムの利用料など、一定の費用が発生します。
需要があるにもかかわらず、人手不足によって車両を動かせない状態は、輸送機会を失うだけでなく、収益機会も失っていることになります。
新たなドライバーを採用し、稼働していない車両を動かすことができれば、追加的な売上が生まれ、既に負担している固定的な費用の回収が進みます。人手不足の解消は、輸送力の回復だけでなく、事業収益の改善にもつながります。
したがって、人材の採用・育成・定着は、タクシー事業の持続可能性を左右する重要な経営戦略として位置付ける必要があります。
4.労働市場の状況に応じた人材確保
現在のタクシードライバーは、中高年の男性が中心であり、女性、若年者、外国人材など、労働市場に存在する多様な人材を十分に取り込めているとはいえません。
この点については、これまでの人材確保に関するコラムにおいて、タクシードライバーの年齢、男女、雇用形態などの構成が一般の労働市場と大きく異なること、正社員中心の雇用構造が多様な働き方を十分に取り込めていないことを説明しました。
今後も強い売り手市場が続くと見込まれる中では、従来の長時間拘束・正社員を中心とした求人だけで、十分な人材を確保することは難しいと考えられます。今後は、従来のタクシーの働き方に合う人材だけを探すのではなく、地域の労働市場に存在する多様な人材を幅広く取り込めるよう、求職者の希望や特性に応じた働き方を積極的に導入し、それに合わせて雇用管理の仕組みも見直していく必要があります。
もっとも、必要な対応は人材層によって異なります。
女性や子育て・介護中の人には、勤務シフトや休暇取得の柔軟化、安心して働ける職場環境の整備などが重要です。若年者には、賃金やキャリアの見える化、教育制度、デジタル化された働きやすい職場環境などが求められます。
外国人材については、在留資格、二種免許の取得、日本語・接遇教育、生活面を含む定着支援が必要です。高齢者については、健康状態に配慮した短時間勤務や週数日の勤務などが考えられます。また、副業・兼業人材については、本業の勤務状況や本人の希望を踏まえた勤務時間・勤務日の設定が求められます。
人材確保を進めるためには、募集対象だけを広げるのではなく、それぞれの人材が働き続けられる勤務制度、賃金制度、教育、職場環境を整える必要があります。
5.正社員と短時間勤務者を組み合わせ、需要の波に対応する
タクシー需要は、一日を通じて均等に発生するものではありません。朝夕の通勤時間帯、鉄道の終電前後、雨天時、週末、観光シーズン、年末年始、イベント開催時など、特定の時間や時期に需要が集中します。
一方、長時間勤務を中心とした勤務制度では、需要の少ない時間帯を含めて労働時間が連続します。最低賃金が上昇すれば、乗客を輸送していない待機時間についても最低賃金以上の賃金を保障する必要があるため、需要の少ない時間帯を含む長時間勤務の負担は一層大きくなります。
そこで、基幹となる正社員ドライバーに加えて、朝夕、深夜、週末、観光シーズンなど、特定の時間帯や時期に働く短時間勤務者を組み合わせることが考えられます。短時間勤務者には、育児や介護などにより勤務時間に制約のある人、健康や生活との両立を重視する高齢者だけでなく、本業の勤務後や休日に働く副業・兼業人材も含まれます。
例えば、
🚕週2日、朝の数時間だけ働く
🚕夕方の帰宅時間帯だけ働く
🚕金曜・土曜の夜間だけ働く
🚕観光シーズンや年末年始だけ働く
🚕本業が休みの日に副業・兼業として働く
といった勤務方法を整備することによって、フルタイム勤務は難しくても、特定の時間であれば働ける人材を取り込むことができます。
これは、単に短時間勤務者を増やすということではありません。需要が集中する時間帯と労働時間を可能な限り近づけ、労働時間当たりの売上を高める取組です。
正社員と短時間勤務者を組み合わせることにより、一人のドライバーに長時間労働を求めることなく、車両全体の稼働時間を確保できます。
一人のドライバーを長時間働かせることによって1台の車両を動かすのではなく、多様な人材が働ける時間を組み合わせることによって、需要のある時間帯に1台の車両を動かすという発想への転換が必要です。
ただし、車両稼働率は高ければ常によいわけではありません。需要がない時間帯まで車両を動かせば、人件費や燃料費などが増え、かえって収益を圧迫する可能性があります。
目指すべきなのは、車両を可能な限り長く動かすことではなく、需要があり、売上を確保できる時間帯の非稼働を減らすことです。
また、副業・兼業人材を活用する場合には、本業を含めた労働時間や休息の状況、健康状態や疲労の蓄積を適切に把握し、安全運行を確保することが前提となります。
これらの人材確保対策の必要性については、次の人材不足対策シリーズで詳しく説明しています。
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🔗第3回 タクシー業界の人手不足の状況について(その1)―データで見るタクシードライバー不足の現状と構造的課題―
🔗第3回 タクシー業界の人手不足の状況について(その2)―人材確保に向けた採用戦略の基本的な考え方―
6.複数のドライバーで1台の車両を動かす仕組み
多様な短時間勤務者によって車両を運用するためには、ドライバーと車両を固定的に結び付ける従来の運用だけでなく、その時間帯に利用できる車両を、勤務するドライバーに柔軟に割り当てる仕組みを整える方が効率的であると考えます。
これにより、一人のドライバーの勤務が終了した後も、別のドライバーが同じ車両を利用し、需要のある時間帯の非稼働を減らすことができます。
ただし、複数のドライバーが1台の車両を交代して使用するためには、交代時の点呼、アルコールチェック、健康状態の確認、車両点検、清掃、鍵の受渡し、売上管理、事故や車両異常の引継ぎなどを、短時間かつ確実に行える仕組みが必要です。
交代に長い時間を要すれば、短時間勤務者を活用しても、かえって車両の非稼働時間や管理負担が増えてしまいます。デジタル技術も活用しながら、安全性を確保した上で、円滑に車両を交代できる運用を構築する必要があります。
また、賃金制度についても、従来の歩合給をそのまま短時間勤務者に適用するだけでは、勤務ごとの売上の変動が大きく、収入の見通しが立ちにくい可能性があります。
時間給を基礎としつつ、売上に応じた手当や、早朝、深夜、週末など特に人員を確保したい時間帯の手当を組み合わせるなど、短時間勤務者にも分かりやすく、一定の安定性がある賃金制度を検討する必要があります。
さらに、勤務形態や本人の希望に応じて、複数の賃金制度から適したものを選択できる仕組みを設けることも考えられます。
その場合には、それぞれの賃金制度の内容や収入モデルをあらかじめ明確に示し、ドライバーが十分に理解した上で選択できる制度設計とすることが必要です。
まとめ
最低賃金の継続的な引上げに対応するためには、単にドライバーの労働時間を短縮するのではなく、労働時間当たりの売上と車両稼働率を高める必要があります。
DXによって需要のある時間と場所を把握しても、その需要に対応するドライバーがいなければ、売上にはつながりません。DXによる営業効率の向上と、人材の採用・定着による供給力の確保は、一体的に進める必要があります。
人材確保は、単なるドライバー不足への対応ではありません。稼働していない車両を動かして売上を生み出し、車両や営業所などの固定的な費用を回収するための経営改善策でもあります。
そのためには、基幹となる正社員だけでなく、女性、子育て・介護中の人、高齢者、副業・兼業人材などの短時間勤務者を組み合わせ、それぞれの人が働ける時間と地域の需要を結び付けることが重要です。
一人のドライバーを長時間働かせることによって1台の車両を動かすのではなく、多様な人材が働ける時間を組み合わせることによって、需要のある時間帯の非稼働を減らしていく必要があります。
もっとも、こうした取組を進めても、地域全体の需要が少なければ、事業者の自助努力だけで最低賃金の上昇と地域交通の維持を両立することには限界があります。
次回は、タクシー事業を労働集約型から資本集約型に近い構造へ変える可能性を持つ自動運転と、国・地方公共団体に求められる支援について考えます。
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■ 執筆者
久富 康生
一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会 常務理事(元長野労働局長)
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