【2026年】最低賃金引上げがタクシー業界に与える影響(第5回)|最低賃金引上げと地域のタクシーの未来|官民一体による地域交通のセーフティネット
【2026年】最低賃金引上げがタクシー業界に与える影響(第5回)|最低賃金引上げと地域のタクシーの未来|官民一体による地域交通のセーフティネット

はじめに
本シリーズでは、最低賃金の継続的な引上げがタクシー事業に与える影響と、その対応策について検討してきました。
第1回では、タクシー事業は売上高に占める人件費の割合が高い労働集約型産業であることに加え、認可運賃制度の下では最低賃金が上昇しても、そのコストを直ちに運賃へ転嫁できないなどの構造的な問題があり、最低賃金の引上げによる影響を受けやすい業種であることを説明しました。また、その影響によって、地域によってはタクシーの供給量が減少するおそれがあることも指摘しました。
第2回では、最低賃金の引上げに対応するためには、単に労働時間を短縮するのではなく、需要のある時間帯や場所で効率的に営業することや、配車アプリなどのDXを活用して空車時間や需要の取りこぼしを減らすことなど、限られた労働時間の中でより多くの運送収入を生み出す取組が重要であることを説明しました。
第3回では、令和8年度の地域別最低賃金と日車営収を比較し、複数の勤務モデルや歩合率を用いて、最低賃金を満たすために必要となる売上額を試算しました。その結果、地域によっては、現在の売上水準や賃金制度が変わらないまま最低賃金の引上げが続けば、事業者による追加負担や労働時間の短縮が必要となり、将来的には車両の稼働や輸送力にも影響を及ぼす可能性があることを示しました。
さらに第4回では、人材確保や多様な働き方の導入などを通じて車両稼働率を高めることも、最低賃金の引上げに対応しながら地域の輸送力を維持するための重要な取組であることを取り上げました。
しかし、人口減少や高齢化、タクシードライバーの人手不足が進み、もともと輸送需要の少ない地域では、こうした事業者自身の取組だけで地域のタクシーを維持することには限界があります。
そこで今回は、最低賃金の継続的な引上げを背景として、地域のタクシーと輸送力を今後どのように維持していくべきかという観点から、中長期的な対応策として期待される自動運転と、地域住民の移動手段を維持するために必要となる国・自治体による支援を取り上げ、官民一体となった地域交通のセーフティネット構築について考えます。
1.タクシーの自動運転―労働集約型から装置産業への構造変革
第1回で述べたとおり、タクシー事業は、売上高に占める人件費の割合が他産業と比べても高い、典型的な労働集約型産業です。現在は、原則として一人のドライバーが一台の車両を運行することで売上が生まれます。このため、ドライバー不足は、そのまま車両稼働率、輸送力、売上の低下につながります。
これに対し、乗務員を必要としない自動運転タクシーが実用化されれば、人材不足を補うだけでなく、これまで売上の大きな割合を占めてきた乗務員人件費を大幅に縮小できる可能性があります。
その一方で、自動運転車両、運行システム、通信設備、遠隔監視・管制設備などへの投資の比重が高まります。これによって、タクシー事業は、労働力への依存度が高い労働集約型産業から、設備とシステムへの投資によって輸送サービスを提供する装置産業、すなわち資本集約型産業に近い構造へ移行することになります。
もちろん、自動運転になっても、すべての人件費がなくなるわけではありません。タクシードライバーによる輸送が必要な乗客は引き続き存在するでしょうし、遠隔監視、運行管理、車両の点検・整備・清掃、事故やトラブルへの対応、利用者からの問合せ対応などにも引き続き人員が必要です。
それでも、一人のドライバーが一台の車両を運行する現在の仕組みから、一人の監視者が複数の車両を管理する仕組みに移行できれば、輸送量当たりの人件費を大きく引き下げられる可能性があります。
また、車両や管制設備などの固定的な費用を上回る需要を確保できれば、車両の稼働率が高まるほど、1回の運送に占める固定費の負担を低下させ、現在より高い収益性を確保できる可能性があります。
さらに、自動運転導入の社会的な意義の一つとして、人為的なミスに起因する交通事故の削減が期待されています。タクシーは、これまでも安心・安全な移動手段として社会的な信頼を得てきましたが、自動運転の導入によって安全性がさらに向上すれば、タクシーに対する信頼を一層高め、需要の拡大につながる可能性もあります。
このように、自動運転は、単なる省力化技術や人手不足対策にとどまるものではありません。タクシー事業の安全性と社会的な信頼をさらに高めるとともに、費用構造と収益構造を根本から転換する可能性を持つという点で、革新的な転換点(ゲームチェンジャー)になり得るといえます。
一方、自動運転については、世界各地で実証データが着実に積み上げられ、関連技術もめざましく進展している現状を踏まえると、いつ頃どのような形で大きく普及していくかについて明確に予想することは困難です。
このため、今後の自動運転の動向についても注視しつつ、現在の人手不足や最低賃金の引上げに対応し、地域のタクシー供給力を維持するためには、現時点で実施可能な取組を着実に進めていくことが必要です。
2.タクシー事業者の自助努力による地域交通のセーフティネット
これまで述べてきた取組は、最低賃金の引上げに対応し、タクシー事業の経営改善を図ることを大きな目的とするものです。
しかし、その意義は、個々の事業者の収益改善だけにとどまりません。
人材を採用・定着させ、稼働していない車両を動かすこと、正社員と短時間勤務者を組み合わせて需要のある時間帯の供給力を確保すること、女性、高齢者、副業・兼業人材など多様な人材を取り込むこと、DXによって需要を把握し、限られた人員と車両を効率的に配置することは、いずれも地域住民が必要とする時間帯にタクシーを供給するための取組でもあります。
その意味で、これらは事業者による経営改善策であると同時に、事業者の自助努力によって地域交通のセーフティネットを構築し、維持する取組と位置付けられます。
特に、公共交通機関が少ない地方部では、タクシーは、高齢者の通院や買物、子どもの通学、観光客の移動、鉄道・バスが運行していない早朝・深夜などを支える重要な交通手段です。
需要のある時間帯に一台でも多くの車両を稼働させることは、事業者の売上を増やすだけでなく、地域住民の移動手段を確保することにつながります。
タクシー事業者の経営改善と地域交通の維持は、別々の課題ではありません。事業者が持続可能な経営を確保することが、地域住民の移動を支えるセーフティネットの維持につながります。
3.事業者の自助努力だけでは地域のタクシーを維持できない
もっとも、事業者による自助努力だけで、すべての地域の交通を将来にわたって維持できるとは限りません。
特に、今後とも最低賃金の引上げが継続していくことが想定される中では、DXによって営業を効率化し、人材を確保し、短時間勤務者を需要のある時間帯に配置しても、そもそもの地域全体の移動需要が少なければ、運賃収入だけで必要な供給を維持することには限界があります。
地域住民の生活に必要な移動手段を確保することが社会的に必要であるにもかかわらず、運賃収入だけでは事業として成立しないのであれば、その不足部分を個々のタクシー事業者だけに負担させることは適切ではありません。
タクシーが地域公共交通のセーフティネットとしての役割を担うのであれば、その維持を事業者の経営努力だけにゆだねるのではなく、国や地方公共団体も、地域住民の移動を支える社会基盤として支援する必要があります。
国土交通省も、「交通空白」の解消に向けて、全国の自治体においてタクシー、乗合タクシー、日本版ライドシェア、公共ライドシェア等を地域住民が利用できる状態を目指すことを掲げ、自治体、交通事業者、関係企業・団体等が連携した取組を進めています。
4.地域のタクシー維持に向けて国・地方公共団体に求められる支援
国や地方公共団体では、既に「地域公共交通確保維持改善事業」や「『交通空白』解消等リ・デザイン全面展開プロジェクト」をはじめ、地域交通の維持・活性化、DX、人材確保、自動運転の社会実装などに対する様々な支援が行われています。
こうした既存の制度を有効に活用するとともに、最低賃金の継続的な引上げに対応しながら地域のタクシーを維持するという観点から、今後さらに次のような支援を検討していくことが重要です。
(1)地域に必要なタクシー運行への財政支援
需要が少なく、運賃収入だけでは必要な供給を維持できない地域については、タクシー事業の継続に向けて、地域住民の生活に必要な時間帯や区域の運行に対する財政支援を検討する必要があります。
また、地域住民の生活に必要な公共交通については、これまでもバス路線などの運行を維持するため、公的な財政支援が行われてきました。人口減少等によって従来の交通手段を維持することが難しくなる中では、特定の交通モードを維持するという観点だけではなく、地域住民に必要な移動サービスそのものを確保するという観点から支援を考える必要があります。
その地域においてタクシーが地域公共交通の重要な担い手となっているのであれば、最低賃金の引上げなどの影響により、運賃収入だけでは必要な供給を維持することが困難な地域がさらに広がるおそれがある中で、必要な時間帯や区域について、バス路線等に対する運行支援と同様に、地域交通を維持するための運行費への財政支援を行うことも検討すべきです。
また、既存の各種支援制度を活用しつつ、最低賃金の急激な引上げによって地域交通の維持に重大な影響が生じる地域については、運行維持や雇用確保を目的とする時限的な激変緩和措置についても検討する必要があります。
これは、事業者の人件費を一律に補填するということではなく、地域に必要な交通サービスを維持するための支援という観点から制度を設計する必要があるという意味です。
(2)タクシー利用助成による潜在的な移動需要への対応
地方部では、住民に移動の必要性があっても、経済的な負担などから実際のタクシー利用につながっていない場合があります。
高齢者、免許返納者、障害者、子育て世帯などに対するタクシー利用券や運賃助成を拡充することは、住民の通院、買物、通学などの移動を支えると同時に、地域に存在する潜在的な移動需要を実際のタクシー利用につなげる効果があります。
住民への移動支援と、タクシー事業者における安定的な需要の確保を同時に実現できる施策として、地域の実情に応じた制度を検討する必要があります。
(3)デマンド型交通・乗合タクシーなどの運行委託
定時定路線の鉄道や路線バスだけでは、地域の移動需要に対応しにくい場合があります。
そのような地域では、地方公共団体がタクシー事業者にデマンド型交通や乗合タクシーの運行を委託し、必要な交通サービスを確保する方法も考慮すべきです。
既存のタクシー事業者が保有する車両、ドライバー、営業所、運行管理、整備、安全管理などの仕組みを活用することで、新たな交通事業を一から構築するよりも効率的に地域住民の移動手段を確保できる可能性があります。
(4)タクシーの人材確保・育成への支援
二種免許の取得費用、取得期間中の賃金、採用後の教育費などは、特に中小事業者が未経験者や短時間勤務者を採用する際の負担となります。
各種の既存制度を活用するとともに、二種免許取得、教育・研修、女性用設備や休憩施設などの職場環境整備を含め、タクシー事業者が多様な人材を採用・育成・定着させるための支援をさらに充実させることが重要です。
また、個々の事業者だけでは十分な採用広報を行えない地域では、地方公共団体、地域のタクシー協会、事業者などが連携し、合同会社説明会、職場見学、運転体験、移住・就業支援などを行うことも考えられます。
さらに、第2回では、中小事業者において、生産性向上に向けた分析結果をドライバーに理解しやすく伝え、その実行状況を把握・管理できる人材の確保が必要であることを説明しました。こうした役割を担う営業所長などの管理者に対する教育訓練についても、研修プログラムの策定・実施に必要な費用を支援するなど、人材育成を後押しする施策が必要だと考えます。
(5)自動運転タクシーの共同利用基盤への支援
自動運転を地方の中小事業者にも普及させるためには、各社が個別に車両や管制設備を整備する方法だけでは限界があります。
今後、自動運転を地方の中小タクシー事業者にも広げていくためには、複数の事業者が共同で利用できる遠隔監視・管制センター、通信設備、保守・整備、緊急時対応などを地域単位で整備・共同利用する仕組みについても検討する必要があります。
自動運転の導入支援については、個々の車両の導入だけでなく、地域全体で効率的に運行できる仕組みを構築するという視点が重要になります。
(6)日本版ライドシェア・公共ライドシェアとの役割分担
地域の輸送需要に対してタクシーだけでは十分な供給を確保できない場合には、タクシー事業を補完するものとして、地域全体の移動需要と供給力を踏まえ、既に各地で取組が行われている日本版ライドシェアや公共ライドシェアを適切に組み合わせることも必要です。
まとめ―官民一体となった地域交通セーフティネットの構築を
最低賃金の継続的な引上げに対応するため、タクシー事業者には、DXによる営業効率の向上、人材の採用・定着、正社員と短時間勤務者の組合せ、副業・兼業人材の活用、需要に応じた勤務時間と車両配置などにより、労働時間当たりの売上と車両稼働率を高めることが求められます。
これらは、タクシー事業者自身による経営改善と供給力確保の取組です。
一方、中長期的には、自動運転によって、タクシー事業が労働集約型産業から装置産業、すなわち資本集約型産業に近い構造へ移行する可能性があります。自動運転は、人手不足への対応だけでなく、タクシー事業の費用構造そのものを変える可能性を持っています。このため、今後は、自動運転の動向を注視しつつ、現在の車両を多様な人材で有効に活用し、需要のある時間帯の供給力を維持するとともに、自動運転への移行を進めていく必要があります。
こうした事業者による取組は、経営改善策であると同時に、地域交通のセーフティネットを維持する取組でもあります。
しかし、特に需要の少ない地方部では、事業者の自助努力だけで、最低賃金の上昇と地域交通の維持を両立することには限界があります。
国や地方公共団体では、既に地域公共交通の維持・活性化、人材確保、自動運転の社会実装などに対する様々な支援が行われています。今後は、こうした既存制度を活用・充実させるとともに、地域に必要な運行への財政支援、潜在的な移動需要に対応するタクシー利用助成、デマンド型交通等の運行委託、人材確保・育成への支援、自動運転の共同利用基盤の整備など、地域の実情に応じた支援を組み合わせていくことが重要です。
タクシー事業者による経営改善と供給力確保の取組に、国や地方公共団体による支援を組み合わせ、タクシーを地域公共交通の重要な担い手として位置付けた、官民一体の地域交通セーフティネットを構築することが必要です。
タクシー事業者の経営が成り立たなければ、地域住民の移動を支えるセーフティネットも成り立ちません。
地域交通の維持は、最低賃金政策、労働力確保、産業政策、運賃政策、地域交通政策を個別に議論するのではなく、相互に連携させた「統合的政策パッケージ」として設計することが求められます。
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■ 執筆者
久富 康生
一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会 常務理事(元長野労働局長)
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